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◇魔法使いと王子◇
シャルルは水タバコを燻らせながら、心ここに在らずと窓の外眺める。
真夜中の至福の一時。巷では水タバコよりもスナッフの方が流行っているけれど。それでもシャルルは長時間楽しめる水タバコの方を好んだ。
昔からそうだったのも原因かもしれない。
誰にも邪魔をされたくない一時。けれど例外だってある。普段邪魔をされれば無理矢理追い出すが、そうじゃない時もある。
とどのつまり―――
「失礼するぞ。シャルル」
王子様の来訪である。
「あーら、いらっしゃいませー。王子。あたくしの部屋に何かご用事?」
くすくすと笑いながら王子を見れば、からかわれていると思ったのか、顔を真っ赤にさせて眉を釣り上げる。
―――そんなことしたって、ただ可愛いだけなのにね。
仕事の件だと、鼻息荒くまくしたてる。まったく良く働くものだと半ば感心しながら王子の手をとった。
少女の手、仕事とはいっても紙の上での仕事が多い。ペンダコはあるものの、あか切れや手あれなんてものは無かった。
手を取られたことを不思議に思ったのか、王子―――ベルナールはシャルルの顔を覗きこむ。
それはこの少女の悪い癖の一つだった。
悪い癖、だけど、シャルルからすれば好都合の良い癖。
「ほんとうに、どうかしたのか?」
心配そうに眉をひそめる。顔いっぱいに心配ですと書いてある。実に人間味のある顔。
ベルナールは知らない。シャルルが至福の一時を邪魔されるのが何よりも嫌いな事を。
だけどそれは知らなくても良い事だった。
「何でもございませんことよ。ベルナール殿下」
「―――……」
それでも、心配と顔に書いてある。ああ、まずい。これは何て幸せなことだろうか。至福の一時なのだろうか。
「王子、余り近いと―――あたくしキスしてしまいますわよ?」
「女は範疇外じゃないのか? あとやめろ」
「王子様は特別でしてよ。っていうか、やめろって失礼じゃない?」
「悪かった悪かった。それは光栄至極、ありがとう、嬉しいわ。とでも言っておこうか?」
本当に、キスをしてしまえばどうなるのだろうか。多分きっと、固まるのだろう。顔、真っ赤にさせて。
それは何て可愛らしいのだろうと、想像しただけでぐっときたがなにも言わない。
手も出すことすらできない。
王子だからじゃない。ベルナールだからだ。
そこにいるだけで、ただそこにいるだけで……幸せなんだ。
抱きしめる。ぬくもりがある。それは何て幸せなのだろう。
抱きしめられる。それは何て、なんて―――
「ちょっ、シャルル!?」
「はぁ、素敵なたくましい胸板ですわね。お う じ」
「っ!!」
肩を震わせ、ベルナールが此方を見た。それもまた、可愛いだけなのにね。
「おほほほほ。どこぞの小娘の真似ですわ。あたくし、似てませんの事?」
「に、似て無い!! ふん!!」
ふいっと、そっぽを向く。頬、膨らませて。
何て可愛いんだろうか。なんてなんて―――幸せなんだろうか。
もういっそ、この腕の中に閉じ込めて、一生囲ってしまいたい程に。
注釈:スナッフ……嗅ぎ煙草と呼ばれるもの。
END